元校長そして現在、学研文林堂教室指導者の独り言を記入していきます。
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矢島の歴史を学ぶと必ず
生駒の殿様、生駒高俊公に行き着きます。
生駒高俊公は江戸時代、
讃岐の国(今の香川県高松市)から
矢島に来ました。
そのことがきっかけで、
10年前の平成12年には
高松市立四番丁小学校と
学校間交流を始めたようです。
それが、こちらは市町村合併があり
あちらは学校統合があり
自然消滅をした形になっています。
私たちは、今を生きています。
しかし、今だけで生きているものではありません。
過去の歴史と深くつながっているのです。
私はいつも、先祖を大切にしたいと思っています。
そこでわたしは、この学校間交流を復活させたいと
思いました。
11月4日(木)、
香川県高松市の新番丁小学校(昔の四番丁小学校)に
学校交流をお願いに行ってきます。
その時、生駒家の菩提寺である矢島の龍源寺さんにも挨拶をし、
それ以前の菩提寺である高松の弘憲寺さんにも挨拶をしてきたいと
思っています。
矢島の子どもたちには、
矢島はそういう歴史あるすごい町なのだと
わかってほしいと願います。
生駒の殿様、生駒高俊公に行き着きます。
生駒高俊公は江戸時代、
讃岐の国(今の香川県高松市)から
矢島に来ました。
そのことがきっかけで、
10年前の平成12年には
高松市立四番丁小学校と
学校間交流を始めたようです。
それが、こちらは市町村合併があり
あちらは学校統合があり
自然消滅をした形になっています。
私たちは、今を生きています。
しかし、今だけで生きているものではありません。
過去の歴史と深くつながっているのです。
私はいつも、先祖を大切にしたいと思っています。
そこでわたしは、この学校間交流を復活させたいと
思いました。
11月4日(木)、
香川県高松市の新番丁小学校(昔の四番丁小学校)に
学校交流をお願いに行ってきます。
その時、生駒家の菩提寺である矢島の龍源寺さんにも挨拶をし、
それ以前の菩提寺である高松の弘憲寺さんにも挨拶をしてきたいと
思っています。
矢島の子どもたちには、
矢島はそういう歴史あるすごい町なのだと
わかってほしいと願います。
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