元校長そして現在、学研文林堂教室指導者の独り言を記入していきます。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
昨日、家内の用事に付き合って
福島県郡山市に行ってきました。
家内が用事を果たしている間、
私はどうしようか考え、
野口英世記念館に初めて
行ってきました。
生家も移築されていて
野口英世の幼い頃の様子も
うかがいしることができました。
一番心に残ったのは、
野口英世の母親が
渡米先の英世に送った手紙です。
英世はその時初めて
「母親が字を書けるのだ」
と知ったのだそうです。
手紙の中には何度も何度も
「早く帰ってきてくだされ」
という字が続きました。
手紙の半分以上は、そのことでした。
当時の時代を考えると、
日本人がアメリカに行くことの
大変さを感じられました。
親が子を案じる気持ちを思うと、
胸にくるものがありました。
野口英世の生涯は
52才という短さでした。
ふと「あれ?」と思いました。
美空ひばりも52才で
亡くなったんじゃなかったっけ?
もっと言ったら、石原裕次郎も
52才の生涯じゃなかった?
「52才」が気になる~。
よく「人生とはあっという間だ」
と言われますが、
「でも、あっという間に
もの凄いこともできるんだな」
とも思い、帰ってきました。
福島県郡山市に行ってきました。
家内が用事を果たしている間、
私はどうしようか考え、
野口英世記念館に初めて
行ってきました。
生家も移築されていて
野口英世の幼い頃の様子も
うかがいしることができました。
一番心に残ったのは、
野口英世の母親が
渡米先の英世に送った手紙です。
英世はその時初めて
「母親が字を書けるのだ」
と知ったのだそうです。
手紙の中には何度も何度も
「早く帰ってきてくだされ」
という字が続きました。
手紙の半分以上は、そのことでした。
当時の時代を考えると、
日本人がアメリカに行くことの
大変さを感じられました。
親が子を案じる気持ちを思うと、
胸にくるものがありました。
野口英世の生涯は
52才という短さでした。
ふと「あれ?」と思いました。
美空ひばりも52才で
亡くなったんじゃなかったっけ?
もっと言ったら、石原裕次郎も
52才の生涯じゃなかった?
「52才」が気になる~。
よく「人生とはあっという間だ」
と言われますが、
「でも、あっという間に
もの凄いこともできるんだな」
とも思い、帰ってきました。
昨日、何気なくケーブルテレビの
「ゆりほんテレビ」を見ていました。
すると、何やら遠い昔に見覚えのある人が・・・。
5月13日(月)矢島中高連携校で、
「鼓と和笛の演奏」が開かれた・・・
というニュースでした。
生駒顕彰会の呼びかけで
実現したそうです。
私が見覚えのある人というのは、
鼓奏者の藤舎呂英さんと
和笛奏者の福原徹彦さん。
なぜ見覚えがあるかというと
今から10年くらい前、
私が矢島小学校長だった頃、
龍源寺様ご住職のお声かけで
藤舎呂英さんと福原徹彦さんの
「鼓と和笛の調べ」を
龍源寺の本堂で開いてもらったのです。
2~3年、開いていただきました。
ある年には、今は亡き琵琶奏者の
上原まりさんの「源氏物語」の語りで、
いっしょに演奏されたこともありました。
「わー、懐かしい」
と思いながら見ていると、演奏後に
中学生がインタビューを受けました。
なんと、その中学生が
「僕は、呂英さんと10年前に会っていて、
再会を果たせました。」
と言ったのです。
おー。矢島中学生!
10年前の呂英さん、福原さんの演奏を
覚えていたんだね。
すごくうれしく思いました。
私が校長の時だった頃のことが
最近、話題になることがあります。
子どもたちが大きくなって、
当時、学んだことを今に活かしている。
それを思うと、懐かしさが込み上げたり、
過去にやったことが今に生きていたり、
いろいろとやった甲斐があったなあと
感激することがあります。