元校長そして現在、学研文林堂教室指導者の独り言を記入していきます。
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映画を見ました、「日々是好日」。
樹木希林さんの遺作となった映画です。
私もちょっぴり茶道をかじっていたので、
微笑ましく映画を拝見できました。
「茶道は形から入る・・・。
後から、心が入る・・・。」
学校教育でもよく言われることです。
形をおろそかにしてはいけないことです。
形を身に付けることを続けると、
あるとき自然に動けるようになったり、
細かいところまで気が向くようになったり。
小さい頃に理解出来なかったことが、
大きくなってから理解出来ることもある。
「そういう意味があったんだなあ」と。
小さい頃の音読や暗唱は、その時は
理解出来なくても大きな働きがあるのです。
そうだ!
学研教室でも
「音読暗唱」を取り入れてみよう。
樹木希林さんの遺作となった映画です。
私もちょっぴり茶道をかじっていたので、
微笑ましく映画を拝見できました。
「茶道は形から入る・・・。
後から、心が入る・・・。」
学校教育でもよく言われることです。
形をおろそかにしてはいけないことです。
形を身に付けることを続けると、
あるとき自然に動けるようになったり、
細かいところまで気が向くようになったり。
小さい頃に理解出来なかったことが、
大きくなってから理解出来ることもある。
「そういう意味があったんだなあ」と。
小さい頃の音読や暗唱は、その時は
理解出来なくても大きな働きがあるのです。
そうだ!
学研教室でも
「音読暗唱」を取り入れてみよう。
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秋田市に、蕎麦を食べに行きました。
開店時間が午前11時に合わせて行きました。
いざお店に入ろうとすると
お店の玄関には張り紙が・・・。
「店主が肩を壊し、治療のため
11/8からしばらく休業致します」
それを知らずに、向かったのでした。
残念に思いながらの帰り道。
新屋の旧道を走っていると
なにやら大きな建物。
そして「うどん」の垂れ幕。
蕎麦にありつけなかったから
うどんでも良いかと入ってみました。
入って気づいたのが、
その大きな建物というのは「秋田ガラス工房」。
そう言えば、以前ニュースで見たことがある。
その時は、ガラスよりもうどんに引かれ
食べる所を探しました。
そのうどんは、ガラス工房と同じ建物内に
ありました。題して「新屋うどん」だとか。
「新屋うどん」も初めて聞いた名前。
乾麺の平打ちうどんが特長らしいです。
食べてみて、
もっと「新屋らしさ」があると良いのになあ。
そして、「新屋うどん」でも
温かいのだけでなく、
つけ麺うどんとか、
具を豊富にしたりとか。
アレンジしたら良いのになあと思って
帰ってきました。
意外にも、蕎麦を食べ損ねて
新屋うどんを知ることが出来ました。
開店時間が午前11時に合わせて行きました。
いざお店に入ろうとすると
お店の玄関には張り紙が・・・。
「店主が肩を壊し、治療のため
11/8からしばらく休業致します」
それを知らずに、向かったのでした。
残念に思いながらの帰り道。
新屋の旧道を走っていると
なにやら大きな建物。
そして「うどん」の垂れ幕。
蕎麦にありつけなかったから
うどんでも良いかと入ってみました。
入って気づいたのが、
その大きな建物というのは「秋田ガラス工房」。
そう言えば、以前ニュースで見たことがある。
その時は、ガラスよりもうどんに引かれ
食べる所を探しました。
そのうどんは、ガラス工房と同じ建物内に
ありました。題して「新屋うどん」だとか。
「新屋うどん」も初めて聞いた名前。
乾麺の平打ちうどんが特長らしいです。
食べてみて、
もっと「新屋らしさ」があると良いのになあ。
そして、「新屋うどん」でも
温かいのだけでなく、
つけ麺うどんとか、
具を豊富にしたりとか。
アレンジしたら良いのになあと思って
帰ってきました。
意外にも、蕎麦を食べ損ねて
新屋うどんを知ることが出来ました。
先日4日(日)
ふるさと鳥海交流会議がありました。
ふるさと鳥海交流会議とは、
鳥海町の子どもたちが
東京葛飾区西小菅の子どもたちと交流し、
お互いのふるさとを学ぶことを目的としています。
なぜ、私が鳥海の子どもの交流に関わっているか?
それは、今から10年前のこと。
私が直根小学校の校長をしていた頃に、
この交流を始めたからなのです。
鳥海の3つの小学校が統合したため、
東京との交流は途絶えてしまっていたのです。
それを10年越しに復活させたのです。
その交流事業が
今年の9月23~25日行われ
大成功に終えることが出来ました。
都会の子どもとの交流はもちろんのこと、
鳥海の子が鳥海の素晴らしさを
体験することが出来ました。
今回の会議は、
この反省の会議だったのです。
来年度はどうするか?
という話し合いにもなりました。
交流事業なので、
来年度はこちらから東京都葛飾区の
西小菅に向かいたいという事になりました。
今年中に内容を決めなくてはなりません。
子どもたちには、将来のために
価値ある体験をさせたいものです。
ふるさと鳥海交流会議がありました。
ふるさと鳥海交流会議とは、
鳥海町の子どもたちが
東京葛飾区西小菅の子どもたちと交流し、
お互いのふるさとを学ぶことを目的としています。
なぜ、私が鳥海の子どもの交流に関わっているか?
それは、今から10年前のこと。
私が直根小学校の校長をしていた頃に、
この交流を始めたからなのです。
鳥海の3つの小学校が統合したため、
東京との交流は途絶えてしまっていたのです。
それを10年越しに復活させたのです。
その交流事業が
今年の9月23~25日行われ
大成功に終えることが出来ました。
都会の子どもとの交流はもちろんのこと、
鳥海の子が鳥海の素晴らしさを
体験することが出来ました。
今回の会議は、
この反省の会議だったのです。
来年度はどうするか?
という話し合いにもなりました。
交流事業なので、
来年度はこちらから東京都葛飾区の
西小菅に向かいたいという事になりました。
今年中に内容を決めなくてはなりません。
子どもたちには、将来のために
価値ある体験をさせたいものです。
今日、月に一度の
学研定例研修会がありました。
その中で、永年勤続表彰式が
あったことが報じられました。
25年または20年表彰でした。
秋田県内の表彰者もいました。
25年、20年。すごいと思います。
何事も続けることが大切です。
継続が力になります。
表彰状の文には、
「地域の教育・文化に寄与し・・・」
という文言がありました。
改めて、地域の教育と文化に
寄与する仕事をしているのだなあと
思いました。
私は、学習塾を始めてまだ6ヶ月。
この先何年やれるか分かりませんが、
自分の生き甲斐の一つとして
一日一日を大切にして
学研教室を続けていきたい・・・
そして、地域の子どもたちの
教育の力になりたいと思っています。
学研定例研修会がありました。
その中で、永年勤続表彰式が
あったことが報じられました。
25年または20年表彰でした。
秋田県内の表彰者もいました。
25年、20年。すごいと思います。
何事も続けることが大切です。
継続が力になります。
表彰状の文には、
「地域の教育・文化に寄与し・・・」
という文言がありました。
改めて、地域の教育と文化に
寄与する仕事をしているのだなあと
思いました。
私は、学習塾を始めてまだ6ヶ月。
この先何年やれるか分かりませんが、
自分の生き甲斐の一つとして
一日一日を大切にして
学研教室を続けていきたい・・・
そして、地域の子どもたちの
教育の力になりたいと思っています。